【書評】ゼロ / 堀江貴文 〜なにもない自分に小さなイチを足していく〜 ホリエモンの念能力

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こんにちは!

「でんぐり返しダイエットのススメpart6」でおなじみ樹クリエイションのキーユです。

今回はホリエモンこと堀江貴文さんの「ゼロ」を読んでの感想を記事にしたいと思います。

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人は等しくゼロなのだ

ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく

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テーマは「ゼロからイチ」それと・・・

本のタイトルにもなっている「ゼロ」そして副題になっている「なにもない自分に小さなイチ(1)を足していく」という言葉ですが、世間的な堀江氏のイメージからすると意外な表現なのではないでしょうか。

文中の言葉を借りるのであればこのタイトルの本意は

人は新しい一歩を踏み出そうとするとき、次のステップに進もうとするとき、そのスタートラインにおいては、誰もが等しくゼロなのだ。」

ということです。

ここまで記しても、(少なくとも僕は)あの自信家で天才肌の堀江さんがこんな文章を書くなんて!という意外性を感じずにはいられませんでした。

本書はまず、この「あの自信家で天才肌の堀江さんが」という世間一般に広く浸透しているホリエモンのイメージ(誤解)を解体するところから始まります。

そして一番最後の最後「おわりに」という章ではこう記されています。

おそらくここまで読んで下さった方なら「ホリエモン」が突然変異的に現れたモンスターなどではなく、むしろどこにでもいる、普通のさえない田舎者だったことが分かってもらえたのではないかと思う。

そして冴えない田舎の少年が、どうやって「イチ」を積み重ね、やがて大きく成長していったのかも理解してもらえたのではないだろうか。

そして今もなお、ひたすらゼロの自分にイチを足して生きている。そんな僕にできるのだったら、あなたにもできる。僕は本気でそう思っている。

さあ、僕の話はもうたくさんだ。あなた自身のゼロからイチを見せて欲しい。

そして最後にひとことだけ、メッセージを贈って終わりにしたい。

・・・・・。

こうして本書は締めくくられるわけですが、この最後のメッセージはたった5文字の言葉にして堀江氏が本書で伝えたかったことが集約されたひと言となっています。

ここではあえて記しませんが、表テーマの「ゼロからイチ」に加え裏テーマであるこの5文字がいかに人生において重要かが力強い言葉と確固たる説得力によって綴られていきます。

堀江貴文は突然変異ではない

前半は堀江氏の幼少時代から東大進学、起業、上場、近鉄バッファローズ・ニッポン放送・フジテレビへの一連の買収騒動、郵政選挙への出馬、そして逮捕に至るまでを振り返ります。

こうして経歴を並べるだけでもとても激しく、ドラマチックでかっこ良く、既得権益に立ち向かう時代の寵児のような選ばれし存在の軌跡です。

しかしそのルーツはと言えば、選ばれた存在というにはあまりにも遠い生い立ちだということが語られます。

九州の田舎の日本中どこにでもあるような中流家庭の出身であり、特に英才教育を受けるでもなかった幼少時。

そこから「小さな1を足していき」成功への階段を上っていったこと。

コンピューターにのめり込み学業の成績が学年で下から3番目になった高校時代、ギャンブルにのめり込んだ東大時代・・・。そのどの時期においても全く女性にモテなかったという告白。

そして逮捕後の公判中人間不信に陥って寂しさに耐えられず苦しみ、刑務官にかけられた優しい言葉に号泣してしまったというエピソード。

当たり前の話ですが、堀江貴文氏という方も一人の人間であり長所と同じだけの短所も持ち合わせているのだということにページを割きます。

そして多くの苦難(働き盛りの30代を裁判と拘留に5年近くも費やしたのです)を乗り越えて何度も立ち上がった氏の精神力を支えていた思想が冒頭の文章と「働きたい」という想いだったとのことです。

そして後半はこの「働く事」についての価値観が記されていくわけですが、個人的にこの本の真髄は後半に詰まっているように思います。

もちろん前半も興味深い内容がたくさんありますが、後半で氏が伝えたいことに説得力を持たすための前半であると感じました。

ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく

時間だけは等しく有限

まずは「金と自由」というテーマ。

天下のホリエモンも中学時代、親からお金を前借りして購入したパソコンの借金返済のため新聞配達のバイトを始めましたが、そのときお金は「なにかを我慢したかわりにもらう対価」という考えだったそうです。

しかし自分の会社を立ち上げてからは労働が「金のため」ではなくなり我慢という感情はきれいになくなったといいます。

人生の中で、仕事はもっとも多くの時間を投じるもののひとつだ。我慢の時間にしてしまうのは、どう考えても間違っている。

よく言われるような言葉にも思えますが、これには次の意味があります。

時間とはどこまでも有限なものだ。年齢や性別、貧富の差などに関係なく、どんな人にも1日24時間しか与えられていないし、1年は365日しかない。

労働のかわりに時間を差し出すのだから、仕事に縛られ、お金に縛られている感覚が強くなるのは当然だろう。

これからの時代、時間以外に提供可能なリソースを持っていない人、給料を漫然と「もらう」だけの人はほどなく淘汰されていく。

人生が豊かになっていかない根本原因は、なによりも時間だ。

やりがいとはつくるもの

やりがいのある仕事がしたい。

色々な言い回しはあれど誰もが求める、普遍的な労働観ではないでしょうか。

これについては懲役での刑務作業というサラリーマンなんてものじゃない過酷な状況での単純作業の経験を例にあげて次のように語られます。

与えられた仕事のマニュアルをゼロベースで見直し、もっとうまく出来る方法を自分の頭で考える。

仮説を立て、実践し、試行錯誤を繰り返す。そんな能動的なプロセスの中で、与えられた仕事は「つくり出す仕事」に変わっていくのだ。

やりがいとは、業種や職種によって規定されるものではない。

そして仕事を作るとはなにも新規事業を立ち上げることだけではない。能動的に取り組むプロセス自体が仕事をつくることなのだ。

当たり前といえば当たり前のことなのですが、核心を端的に射抜く表現力に脱帽、脱糞、脱皮です。

そして仕事を好きになるたった一つの方法についてはゲーム少年やギター青年を例に挙げて

人は何かに「没頭」することができたとき、その対象を好きになることができる。

人は「仕事が好きだから、営業に没頭する」のではない。

順番は逆で「営業に没頭したから、仕事が好きになる」のである。

と述べ、没頭する方法については

自分の手でルールをつくること

であるといいます。

上司に言われた命令であれば聞きたくありませんが、自分で立てたプランであれば納得感を持って取り組む事ができるしやらざるを得ないということですね。

そしてルールづくりのポイントは

「遠くをみない」こと

だそうです。

人は本質的に怠け者だ。長期的で大きな目標を掲げると、迷いや気のゆるみでうまく没頭できなくなる。

そこで、「今日という一日」にギリギリ達成可能なレベルの目標を掲げ、今日の目標に向かって猛ダッシュしていくのである。

この言葉にも脱糞です。

パンチライン

さて、あんまりネタバレしすぎても営業妨害になってしまうので(そんなにこのブログ見られてねーやい!)

ここからは恒例のパンチライン羅列コーナーです。

印象的な文中の言葉を記して紹介を終えたいと思います。

もちろん、この記事で記した内容はほんの一部ですし、良い刺激が欲しい方には自信を持って購入をオススメできます!

「できっこない」という心のフタさえ外してしまえば、「やりたいこと」なんて湯水のようにあふれ出てくるのだ。

ものごとを「できない理由」から考えるのか「できる理由」から考えるのか。

この国で働く人のうち「15人に1人が経営者」なのである。誰でも出来ると考えるのが普通じゃないだろうか?

仮に自分の会社が倒産したところで、あなたという人間はつぶれない。経営を通じて手に入れたビジネススキルは「次」へと生かされるのだ。

起業によって失うものを心配するのではなく得られるものを考える。我慢を選ばず起業を選ぼう。

目的のない貯金は、面倒なことを考えたくない意識の現れだ。

10の信用があれば、100のお金を集めることが出来る。

けれども、100のお金を使って10の信用を買うことは出来ない。

ほんとうに困ったときあなたを救ってくれるのはお金ではなく、信用なのだ。

信用の「ゼロからイチ」はまず自分で自分を信じることから始まる。

何事に対しても「できる!」という前提に立って、「出来る理由」を考えていくと目の前にたくさんの「やりたいこと」が出てくるようになる。

自分が本当にやりたいことがなんなのか、道に迷うこともあるだろう。

僕からのアドバイスはひとつ、「全部やれ!」だ。ストイックに一つの道を極めなければいけない決まりなんてない。

人は「ここでいいや」と満足してしまった瞬間、思考停止に突入してしまうのだ。

「悩む」とはものごとを複雑にする行為で「考える」とは物事を簡略化する行為である。

孤独だから、寂しいからといって他者やアルコールに救いを求めていたら、一生誰かに依存し続けることになる。

孤独は自分の責任で受け止めなければならない。

自分が一人で目的を達成出来る天才ではないからこそ、僕は会社をつくる。

優秀な仲間を集め、自分に欠けた部分を補い合いながら、一緒に大きな夢を実現したいと思っている。

仲間とは孤独や寂しさを埋め合わせ、傷を舐め合うために存在するのではない。

ひとりでは実現できない夢を、みんなでかなえる。そんな他者のことを仲間と呼ぶのだ。

万物は流転する。すべては流れる川のように、ひとときとして同じ姿をとどめない。

諸行無常の原則は、組織やビジネス、人間関係にも当てはまる。

現状維持などあり得ない。

僕は変わり、変わらざるを得ない。取り囲む環境もまた、変わっていく。

なにを得ようと、なにを失おうと、未練など生まれるはずもないのだ。

挑戦と成功の間をつなぐ架け橋は、努力しかない。

人は考えることをやめたとき手錠をかけられる。

考えることをやめてしまった「オヤジ」は権力や金に執着し、ちっぽけな自由にしがみつこうとする。

自由と責任は、必ずセットになっている。

責任を自分で背負うからこそ、自由でいられるのだ。

時間とは命そのもの。

10年後や20年後について、いっさいの計画を持っていないし、不安もない。

人生には「いま」しか存在しない。

過去を振り返っても事態は変わらず、未来に怯えても先へは進めない。

仕事をする上でも、できれば1ヶ月、せめて半年くらいで結果が出るようなプロジェクトばかりを動かしていたい。

その範囲であれば、いろいろな計画も立てられるし、集中力を持って実行に移していける。

長期的なプロジェクトと短期的なプロジェクトをいくつも同時進行していけば、飽きずに継続出来る。

「飽きっぽさ」は最大の長所となる。

自分の本業なんて決める必要はない。

人類史は人の歴史であり、技術の歴史である。

テクノロジーは簡単に国境を越え、既存の価値観を無効化し、より自由で便利な社会を作っていく。

今はスマートフォンで誰もが情報を手に入れられるからこそ、情報の質と量、そしてそれを入手するスピードが重要になる。

仕事もお金も喜びも、それを独り占めしたところで心は満たされない。

みんなとシェアするからこそ、ほんとうの幸せを実感できるのだ。

ホリエモンの念能力

読み終えてみて堀江さんのすごいところはなんだろうと考えてみました。

東大を出た事や合理的に物事を運んでいくこと・・・。確かにそれも凄いのですが核としている能力は別のところにあると感じます。

また、一時期メディアで盛んに報じられていたようなイメージとは遠く、そして特に独創的な世界観を持った方ではないような気がします。

まずは視力があげられると思います。

色眼鏡を通さずにありのままの現実を見抜き、世の中に横たわる普遍的で不変的な原則を見つける視力。

そして嗅覚です。(なんか偉そうな言い方ですみません)

不変の原則の中で目的を達成するには何をすればいいのか的確に嗅ぎ分ける嗅覚。

この2つの能力がズバ抜けているのではないでしょうか。

そしてそれを可能としているのは「圧倒的にポジティブ」な思考回路であると思います。

堀江さんは、自らが「命そのもの」と呼ぶ有限な時間を逮捕、裁判、拘留に奪われたわけです。

そしてその背景ではおそらく既得権益を守りたい層からの何らかの力が働いたであろうことも想像に難しくありません。

文中でもそれを匂わす表現があります。(同様のことをしていた会社は当時無数にあったはずです)

信じていた人からの背徳行為もあったし逮捕後に離れていった人もたくさんいたそうです。

それでも、「人を疑うより信じて生きる方が絶対に楽しい」と言ってのけるポジティブさ。

その強さこそ、多くの人が真似出来ない、ホリエモンの念能力なのではと思いました。

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さて、「ゼロ」といえば数字。

数字といえば69。

69匹といえば

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です。そうです、宣伝です!

それではまた!

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