ワタシは蚊。遺伝子を未来へつなぐため命をかけて血を吸うの

ワタシは蚊。

血を求めて風のなかをさまよう蚊よ。

やっとの思いでこの家にたどり着いたの。

僅かな隙間、ほんの一瞬の刹那をついてこの家に入ることに成功したわ。
このチャンスを逃したらワタシはきっとおしまいだった。

ワタシだけじゃない、ワタシの子供たちも終わりだったわ。

吸うか、絶えるか

そうよ、これは生涯を賭けた戦いなの。

未来へ命のバトンを繋いでいけるかどうかの運命の分岐点よ。

今回の吸血が成功しても失敗しても、ワタシは死ぬわ。予感がするのよ。

最後に虫けらのストーリーでも思い出してみようかしら。

父や母のことは知らないけれど、ワタシには50万を越える兄弟姉妹がいたわ。

幼少期の水中サバイバルは激動を極めたわ。

ワタシたちは食物連鎖の最下層だったわ。食物でしかなかった、ともいえるかもしれない。

そこには他の虫も、魚もいたし、鳥や蛙もいたわ。

彼らは代わる代わるやってきて、圧倒的な力の差を見せ付けて兄弟たち姉妹たちを貪ったわ。

数時間で兄弟姉妹は半分以下になったかしらね。

ワタシは生きたわ。

ときに同胞を踏み台にして、敵に捕まった妹を見殺しにして、生きた。

生きることの理由や目的はなかったわ。あるのは衝動だけ。それだけがワタシを突き動かしたの。

やがてワタシと、僅かになったワタシの兄弟姉妹は羽化をして蚊になったわ。

羽根を得て空を得て、少しばかりの自由を感じたわ。
ほんの数分だったけれど、羽化した直後がもっとも素晴らしい瞬間だったといえるわね。

だけどすぐに次のサバイバルがやってきた。

水の外にもたくさんの敵がいるもの。

多くの兄弟姉妹たちは、また食物として命を散らせていったわ。

それでもワタシと数少ない姉妹たちは卵を宿すことに成功したの。

あとは血に含まれる動物性タンパク質を手に入れて水中に産み付ければミッションクリアというところまでこぎつけた。

だけど姉妹たちは全滅したの。

コバエ捕りに吸い寄せられて死んだ姉。

人の皮膚までたどり着いたけれど叩かれてぺしゃんこになった妹。

殺虫剤や蜘蛛の巣、たくさんの罠にかかったりもしたようね。

最後に残ったのがワタシ。

そう、ワタシは一族と遺伝子の命運を背負っているのよ。

ワタシが吸血に失敗すれば、ここまでの何億年の命のリレーが潰えることになる。

だけど意外と責任は感じないわね。

だってやることはひとつしかないから。

ここで命を賭けて吸血に向かうことはワタシの内なる声そのものだから。

ただただ渦巻く衝動に身を任せるの。

命の螺旋は旋律のようだわ。ワタシはその上で踊る。

誰が為でもなく、ましてワタシの為でもないわ。

近くに血があるわ。あの人間は虫除けスプレーをふっているようね。

でもワタシにはところどころスプレーされていない僅かな隙間が分かるわ。人間の皮膚に近付くのは初めてだけど分かるのよ、本能でね。

背後からそおっと、空気に紛れて近付くの。

自分は透明だと言い聞かすわ。

刺すのは簡単に手が届かない部位がベストだと本能が教えてくれる。

皮膚にたどり着いたのは初めてだけど、不思議と落ち着いているわ。命が試されていると感じる。

針を刺すのも初めて。でも刺し方も吸い方も知っているわ。

静寂がワタシとワタシの繋ぐ命を祝福してくれている。

あぁ、これが血なのね。遺伝子が満たされるのを感じるわ。

あとは飛び立つだけ。

よし!

やったわ!ワタシは勝った。

奪い合いの世界の勝者になったのよ!

さあ、水はどこ。水を探して我が子を放てばワタシの存在は報われるわ。

血を吸った分、体は重いけどあと少し。あと少しで命は繋がる。

あった!水よ!ここに産み付けるのよ!

水温も問題ない。深さや広さも子供たちが育つのに申し分ないわね…。

「お母さん、コロちゃんが飲むお水に虫がいるよ~」

「あら、ほんとだ。お母さんのふくらはぎを刺したの、きっとこいつね。嫌ねえ、この水は虫ごとトイレに流しちゃいましょうね。マナちゃんほら、虫さんにバイバイして。」

「虫さんバイバーイ」

この記事を書いたライター

キーユ
キーユ死にかけの不死鳥
1985年生まれ。
ギャグ記事やWEB、音楽、ゲーム、育児などを書いています。
記事制作やレビューのご依頼お待ちしています!ツイッターかお問い合わせからお気軽にご連絡ください。
著書:新種発見!69匹の愉快な生き物図鑑

関連記事

スポンサーリンク
ワタシは蚊。遺伝子を未来へつなぐため命をかけて血を吸うの
この記事をお届けした
樹クリエイションの最新ニュース情報を、
いいねしてチェックしよう!

シェアする

フォローする